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ε、δ論法の概要が解りません

1 :妖精 :2000/09/05(火) 07:24
わかる方、教えてください
どういった点ですばらしいかもお願いします
よろしく

2 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/09/05(火) 07:48
概要は
AさんとBさんがカードを使ってゲームをしています。
カードには数が書かれていて、Aさんが出したカードより、
Bさんが小さい数をだせればBさんの勝ちとなります。
最初のうちは勝ったり負けたりしていましたが、
そのうち、いつもBさんが勝つようになったのでゲームをやめました。

すばらしい点は
ゲームをいつまでも続けなくとも、勝負がきまること。


3 :132人目の素数さん :2000/09/05(火) 10:24
 

4 :名無しさん :2000/09/05(火) 10:26
  

5 :>1 :2000/09/05(火) 11:53
そんなこともわからん様では
先が知れている。留年し、もう一度やり直せ。バカ

6 :132人目の素数さん :2000/09/05(火) 12:17
ε‐δ

7 :>3、6 :2000/09/05(火) 14:37
kichigai@`shine!

―――――――――――― 終了 ――――――――――――


8 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/09/05(火) 18:34
まあ、\epsiron - \delta は一応わかりますが、
どういう点がわからないとか、そういうことを書かないと
まともに答えてはもらえませんよ。

聞けば答えてくれると思っているなら大間違いです。
大学の先生ですら、ただ聞いただけでは答えてくれないでしょうし、
このような、教えても何もこちらが得る物がない場合は
もっとそうでしょう。

まあ、議論の種になるならともかく(^^;

9 :132人目の素数さん :2000/09/05(火) 19:55
いぷりろんでるたは、当たり前のことしか言ってないような気がするけど
何がわからないんだろう・・・

10 :132人目の素数さん :2000/09/05(火) 20:20
>どういった点ですばらしいかもお願いします
これはそれなりに意味のある質問なんじゃない?
下手に答えると突っ込まれそうなんで僕は答えないけどね。

11 :妖精 :2000/09/05(火) 23:23
うるさい、ぼけ>5

内容は理解できるんですが
無限大や無限小といった概念を
より明確に数学に取り入れたそうですが

知りたい要点としては
それまでの論法とどこが違っているのか
俺としては「限りなく近づく」というような
定性的表現が定量的表現に置き換わっただけだと思うんですが


12 :>11 :2000/09/06(水) 00:13
「それまでの論法」っていうのが何を指すのか知らないけど、

『数列 {a(n); n=1@`2@`3@`...} が(n→∞ のとき)0 に収束するなら
b(n):=(a(1)+a(2)+...+a(n))/n
で定義される数列 {b(n); n=1@`2@`3@`...} も(n→∞ のとき)0 に収束する』

っていうのを「それまでの論法」で証明するとどうなりますか?

13 :11 :2000/09/06(水) 00:30
強いて言うなら
>(n→∞ のとき)0 に収束するなら
このあたりの文章かな


14 :132人目の素数さん :2000/09/06(水) 00:58
>>11
>無限大や無限小といった概念を
>より明確に数学に取り入れたそうですが

つうか、無限大を巧みに避けて通るといった感じなんじゃない?

15 :>11 :2000/09/06(水) 01:39
>俺としては「限りなく近づく」というような
>定性的表現が定量的表現に置き換わっただけだと思うんですが

その単なる置き換えが大成功だったところが素晴らしいのでしょう。

16 :132人目の合成数さん :2000/09/06(水) 01:46
>1

質問の答えになっているかわからないけど、私のイメージでは、
ε‐δ論法は、極限に飛ばす時の一種の操作というか、手続きみたい
なものだと考えています。
極限に飛ばす時に敢えてこの「手続き」を踏なければならないのは、
無限大のように極限に飛ばす操作は、一見直感的に明らかなように
見えるけど(← この点が高校数学でだましている点)、例えば、
複数の数を極限に飛ばす時や、ある数を2重や3重に極限に飛ばす
時は、極限に飛ばす順番等のやり方で、飛ばしてながらや後では、
いろいろ問題が出てきてしまう。そこで、ε‐δ論法のように、ある種
有限の状態に止めながら操作して極限を考える必要が出てくる。
(うーん...言いたいことがうまく表現できてないなぁ)
一般に、ある有限で考えていたものを無限にすると、有限では考え
られない結果が出てくることがあるので、その意味でも高校数学の
ようにただ直感的に極限操作をしてはまずい。
とはいうものの、所詮「手続き」だから高校数学でやった極限問題の
ように、そのまま一気に極限に飛ばしても問題ない場合は、敢えて
ε‐δ論法を持ち出す必要もないし、「手続き」だと思ってあんまり
構えて考えることもないでしょう。

# 他の人はどんな風に考えているんだろう。


17 :132人目の素数さん :2000/09/06(水) 03:27
「ε‐δ」を使えば一様収束というものが(簡単に)定義出来る。
これは本当に有り難い事です。

18 :ぽこちゃん :2000/09/06(水) 05:29
一様構造から一様収束ではほんとに大変ですね、その割に、、。

イプシロンデルタは、
実質として収束の様子を求める面と収束列の定義の形式としての面があり。
前者は解析の本流の収束の判定・計算、後者は実数の公理へと結びつきますが。
いったん、消化したらイプシロンデルタ自体は
それほど重要ではないのではないでしょうか。

19 :132人目の素数さん :2000/09/06(水) 08:07
>> 14-18

みんないろいろな理解の仕方をしてるな。
ただ、同じようで微妙に違っている点もあるような気がするが、
おれにはわからん。だれかうまくまとめてくれ。

20 :132人目の素数さん :2000/09/06(水) 18:32
妖精さんの言う、定性的とか定量的とかそういう言葉は
数学的に意味をなさないのではないかと思うデス。
12さんが述べられているように、無限になんとかに近づくとか
そういうのは直観的には理解できても、いわゆる"無定義語"なので
数学的な理論展開が不可能です。

イプシロンデルタを通してみると、無限にも実はオーダーがあると
言うこともちゃんとわかりますし、収束の様子がいろいろ異なる場合も
それをきちんと見分けることも出来ます。
(このあたりは17さんとかがおっしゃってるところデス)

僕自身は14さんとかがおっしゃってるのと同じように
無限小とか無限大を有限の範囲で扱うために考えられたものだと思ってますが…
誤解を恐れずに言うと、人間って基本的に有限の物しか考えられないですからね。

21 :名無し :2000/09/06(水) 19:26
ε-δは動きを止めたことに意義があると思う。

極限を考えるとき、普通の人なら時間とともに値が
動いていくという直観的イメージがあると思う。
数列の極限なら離散時間(整数時間)でもって、
通常の関数の極限なら連続時間(実数時間)でもって
動いていくイメージ。
この動きをどう定式化するかはなかなか難しい。

でもε-δによる極限の定義には静的な印象がある。
定義の中のどこにも動いている印象を与える部分はない。
動きを直接動きとして扱わないようにしたことで
定義が可能になって、それ以後数学が動くものを
扱えるようになったんだと思う。

ところでε-δって定量的か?
まあ確かにε以下にするのに具体的にδをどう選べばいいか
ってことを気にするなら、誤差の問題そのままだから
そう見てもいいかもしれないけど。

22 :132人目の素数さん :2000/09/06(水) 20:31
ε―δは内容自体は時間をかけてじっくり考えれば誰でもわかる。
しかし、問題を解く時に、εやδに相当するものをうまく自分で
選ぶのが難しい。
証明や問題の解答なんか見ても、どうやってそんな選び方思いついたの?
と言うのが多い。
きっと、何かコツがあるんだろうけど、その辺はどうですか、みなさん?


23 :132人目の素数さん :2000/09/06(水) 21:08
>22

たしかにεの値を上手く設定して、最後きれいにぴったりεで
まとめる奴や参考書などある。
おれは、最初から適当にεとおいていくから、最後がε^2とかnεとか
になろうとあまり気にしないが。

24 :1 :2000/09/06(水) 21:21
レスどうもありがとう
一般的な理解はなく、皆バラバラ(本質では同じか?)ですね
でもどれもよくわかりますし、参考になりました

他にもわからないことがあるのですが

例えば 1 と 1+0 はなぜ同様に扱えるのか。
確かに+0に収束はするが0ではないはずなので、何らかの操作で
それが陽に出てくる可能性があると思うのですが。

もう一つは、ある有限の数(例えば0や-1)に近づくという操作と
無限の数(要は∞)に近づくということをなぜ出来るかです。
有限の数は数ですが、∞は数ではなく記号(∞+1=∞という数式はおかしい)


25 :14>24 :2000/09/06(水) 23:38
数列の各項と極限は別物だよ。
各項をどんどんと際限なく足していってついに辿り着いた所が
極限である・・・のではないですう〜。
極限のそばにある項が正か負かは極限は気にしません。
とにかく

そばにい〜て〜くう〜れるう〜♪
だけえ〜でいい〜♪

のです。

ε−δやε−Nでは無限大も無限小も出てこないし、数列の
各項がどんどん動いていく、なんてこともない。
出て来るのは「より大きい」「より小さい」という比較だけ。
数列の各項はすでに各自の居場所に配置済みです。
それを外部から第三者が覗き見ているだけ。
(これはあくまで私のイメ−ジです。)

動的に考えないほうがスッキリすると思うよ。

26 :21>25 :2000/09/06(水) 23:45
>数列の各項はすでに各自の居場所に配置済みです。
>それを外部から第三者が覗き見ているだけ。
>(これはあくまで私のイメ−ジです。)

俺の言いたかったの、まさにそれ。

27 :133人目の素数さん :2000/09/06(水) 23:52
>26
おお〜気が合うねえ〜

28 :133人目の素数さん :2000/09/06(水) 23:55
失礼、133人目の素数=27(=25=14)です。

(これからはコテハンでいこうかな?)

29 :∃∀ :2000/09/12(火) 15:32
ε-δ法より先に論理学を学ぶ必要があると思う。

30 :農学部 :2000/09/12(火) 17:05
このすれ勉強になるなぁ。

31 :>29 :2000/09/12(火) 20:59
どのくらい「論理学を学ぶ必要がある」んですか?
なにか入門書のようなものを読むんだろうか、、、?

32 :132人目の素数さん :2000/09/12(火) 21:07
>31
「∃x∀y」と「∀y∃x」の違いがわかるくらい。

http://cheese.2ch.net/test/read.cgi?bbs=math&key=967702991&ls=50
ここの176〜185を参照のこと。



33 :31>32 :2000/09/12(火) 22:19
その程度だったらε-δ使いながら慣れていけば充分だと思うけど。

34 :32>33 :2000/09/12(火) 23:20
その程度のことがわからない学生が多い、と論理学の先生が言ってた。
実際に32のスレでも、リアルタイムでε−δ習ってる人間がちゃんと把握してい
ない様子。ネタじゃなければの話だが(藁



35 :数学科1年生 :2000/09/12(火) 23:53
>34
イエッサー。
ネタじゃなく、「∃x∀y」と「∀y∃x」の違いは、初めて分かりました。
また今後精進します。


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