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美術、芸術がさっぱりわかりません  。

1 :慶応:2001/06/20(水) 06:04
いい絵、良くない絵というのは感覚的に決めるものなんですか?
ピカソとかの絵は何がいいのかさっぱりわかりませんが。
ちなみにゴルゴ13の絵だけは素晴らしいと思います。

2 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/20(水) 06:28
音楽に置き換えてみてもおなじじゃない?
好きなアイドルとか

3 ::p:2001/06/20(水) 09:02
いいよ、それで。

つーかわざわざ混んでる美術館いって有名な絵とかみて
感動した気になってるアホよりはよっぽどまし。

4 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/20(水) 09:17
>ちなみにゴルゴ13の絵だけは素晴らしいと思います

美術に興味を持つのは一部の変人であると考えて
美術には興味をもたれないのが賢明かと思います

5 :F大美術部:2001/06/20(水) 09:34
たしかに素晴らしい。

6 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/20(水) 10:15
>4

そうそう。芸術美術なんて屁のツッパリにも
ならないもんね。人間の生活にとって無駄なものか
といえばこんな無駄なものもない。余程テレビやマンガ
でも見ていたほうがいいよ。>1もこんなとこに書き出
している閑あったらマンガを読もうぜ。その方が余程
文化的な生活をおくれるってもんだよな。

さてこんなバカらしいスレたてると知能まで疑われちゃう
からさっさと終了、終了。

7 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/20(水) 10:58
納豆が好きか嫌いかってーことだ 分ったか

8 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/20(水) 12:59
>7

閃いた!!。

9 :F大美術部:2001/06/20(水) 17:40
納豆好きのF大美術部ですが.何か?

10 :mizutamari:2001/06/21(木) 03:07
納豆は「かき混ぜない主義」なのですが・・・やっぱりだめ?

>1
感覚は与えるもの与えて養ってやんないと・・・

11 :わたしはダリ?名無しさん?:01/08/30 23:51 ID:cmW9OrgU
『わからない』って表現はやさしいですね。
私なんて『くだらない』とか『価値がない』っていいます。

12 : :01/08/31 01:15 ID:ud.I/tss
絵は嗜好品なのだから、好きな人間だけが「好き!」って言っておけ
ば良いのさ。芸術品なんて所詮は自己満足の産物よ!

13 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/03 02:21 ID:3HJAUbQA
>>12

絵ってそういう感じ、強いんかな?
でも、芸術品が自己満足てのは言い過ぎでは?

14 :尻の穴:01/09/03 02:27 ID:nyNpUcaM
>>12
こんなところでぐだぐだ言ってるのも自己満足。
てことは、きみも芸術品の仲間入りだ。良かったじゃん!

15 :寒い・・・:01/09/03 10:07 ID:B6k1iYUk
>>11
『価値がない』とか言いながら、有名作家の絵ゆずってもらえるとかなったら
飛びつくくせにい〜。
>>12
芸術は自己満足では終わらないよ。人に見せてなんぼだし。
自己満でいいんだったらわざわざ人に見せないって!

16 :11:01/09/04 20:11 ID:Pp6ycqz.
はい、自分にとって価値ない絵なら二束三文ですぐ現金化してしまうで
しょう。そして、現金化した自分に満足していることでしょう。
有名画家だったら、ますます満足しているでしょう。

17 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/05 00:07 ID:oblS/c5M
>>1
芸術は感じる物であって、分かったりするものではないので、
安心して下さい。

18 :慶応 :01/09/05 00:32 ID:p5hXf0u.
感じることも、分かることも、無視することもできません。
どうしたらいいですか?

19 :ナナシノ:01/09/05 00:47 ID:o0iu9DtI
>>18
お^−すごい。恋愛みたい。。

20 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/05 01:30 ID:bGyi/4d6
恋も二度目なら 少しは上手に
愛のメッセージ 伝えたい

21 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/05 01:51 ID:vqE7liL.
>>17
ヨーロッパの宗教画なんかは分かるものでしょ。
描かれているそれぞれのものに寓意があって、
キリスト教文化を知らないと、その絵の意味を理解できない。
歴史画や宗教画のたぐいにはそういうのが多いと思うけど。

22 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/05 18:34 ID:kcBPSOJA
>>18

つーよりもそう思った時点でわかったってことよ。
分かったから気になるんじゃないの?。

>>21

そのネタ振りは非常に危険だぞ。擁護派が出てきて荒れるぞー。

23 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/05 21:41 ID:ZJ0TB9gY
>>21
逆さまになってませんか?
絵から寓意を読みとるように描かれている訳ではなくて、
寓意を知っていることを前提に描かれてるのではないでしょうか。

寓意を伝える為に、絵を使うというのは、方法としてどうかと
思います。あまり効率的では無いですよね。
文字を使いたくなかったからにせよ、一枚ではねえ。

絵を使っているのには、他に目的があると考える方が、
すっきりすると思いますよ。

24 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/05 22:44 ID:nkxQczOs
>>18
分からないのに無視できないことを、感じる、と表現すると思いますが。

多分、何も感じない物を無視する、という状況は無くて、何も感じなければ、
そもそも目に入らないと思います。

25 :ロンギ:01/09/05 23:35 ID:W5AkYEqc
高山宏は書きたいことがないから、翻訳して時間をつぶしているのだ、孤独をかかえたままで。

26 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/06 20:41
>>1
納得したのかな?

27 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/06 22:06
>1さんへ
というか、ここのみなさんに。岡本太郎の「今日の芸術」という
本をお薦めします。芸術の本質とは何かがわかり易く書いてあります。

28 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/06 22:28
本で芸術が分かる...。
絵や彫刻なんて、要らないね。

29 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/06 23:09
新参者のためのスレだね。
過激に書き込めば固定ハンの人がが名無しで書き込みます。(ワラ

30 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/06 23:41
で、オツムがたりないとか書かれるんだ象。

31 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/07 02:46
スレ自体が、作為的。
その割には、もう詰んでいますが。(W

32 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/07 22:43
しかし、妙なコテハンでスレ立てますね。

33 :21:01/09/08 00:30
>>23
逆さまではないよ。ヨーロッパではよくあること。
今でこそキリスト教はヨーロッパで確固たる地位を築いているけれど昔からそうなのではない。
芸術は民衆をキリスト教に引き込むために利用された。
例えばバッハという音楽家がいるけど、彼は教会で演奏するためにたくさんの曲を作った。
教会は綺麗な音楽や華やかなステンドグラスで民衆を教会に呼び寄せ、
曲の合間に説教を説いた。
芸術はキリスト教の道具だったんだよ。
大衆には文字の読み書きができない人もかなりいたので、
絵画が宗教の伝播に記号論適役割を果たしたりもした。

34 :私はダリ!偏執狂:01/09/08 00:44
わからないと思うなら、わからない自分との付き合いをやめないことだ。

35 : :01/09/08 01:03
>>34
ソクラテスさんですか?

36 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/08 01:56
>>35
ごめん、それオレ。

37 : iLLLL :01/09/08 02:27
バッハだって、つまんない歌詞って揶揄されてたりしたわけだし。

38 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/08 03:19
美しいものを美しいと感じる心が美しい

39 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/08 13:02
>>33
寓意を知らないと理解できない物を、寓意を広めるために
使った、という事になりますが...。

むしろ、寓意を知らなくても伝わる物(美しさなど?)を
使って、寓意を広めようとした、と考えられると思いますが。

宗教絵画は、その背後にある物語を知らないと理解できない、
事を前提に、宗教絵画は背後にある寓意を伝える事を目的と
している、という説明は理解し難いですね...。

部分を取り出した説明ではなく、全体を通して説明して
貰えませんか。

40 :39:01/09/08 13:09
>>33
失礼しました。

>>33さんは、宗教絵画を背後にある寓意を知らなくても、
理解できるものだと考えているのですね。
>>39は取り消します。

41 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/08 22:05
>>1
そもそも“感覚的”なんちゅうこと言ってる君!!  美術に無関心なんじゃあーー。

42 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/08 23:25
>>33
なるほど。
という事は、絵画の制作者も、描かれている題材について
深い理解があったとは限らない訳ですね。
となると、絵画の背景にある寓意を知らないと理解できない、
というのも、妙な話になりますね。

43 :21:01/09/08 23:59
どうも話が変になってきたなあ。

宗教画が盛んに作られた当時は、
芸術はキリスト教の普及のための道具であって、美しさをおとりとした「教化の手段」。
文字の読めない大衆に、文字で書かれた聖書を目に見える形で提供するための「道具」。
当然画家は聖書の内容を理解してたでしょう。

宗教画や歴史画を例に挙げたのは、
単に綺麗さとかを感じるだけじゃなくて、「分かった」方がおもしろいと言いたかっただけなんだけどなあ。
印象主義や立体主義や象徴主義なんかでも背景や画家の主義主張を知った方がおもしろくなる。
まあ単に見た感じだけってのもいいけどね。

44 :いぢわる:01/09/09 00:05
今いる名無しさんがどのコテハンか当ててみよう。

45 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 00:16
>>44
どの名無しさんがコテハンを持っているのでしょう?

46 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 00:52
>>43
>単に綺麗さとかを感じるだけじゃなくて、「分かった」方がおもしろいと言いたかっただけなんだけどなあ。
が、
>>21
>ヨーロッパの宗教画なんかは分かるものでしょ。
の説明?
本質的に違うようですが。

47 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 01:15
>印象主義や立体主義や象徴主義なんかでも背景や画家の主義主張を知った方がおもしろくなる。
なんか、芸術を否定している様に思えますね。

もしかして、絵そのものより、主義主張に興味があるのではないですか?
背後にある主義主張を調べられない絵は、調べられる絵に比べると、
おもしろさが減る訳ですよね。

48 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 01:43
>>43
>印象主義や立体主義や象徴主義なんかでも背景や画家の主義主張を知った方がおもしろくなる。

むしろ、逆だけどなあ。

49 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 01:49
>>47
むかしの研究は絵そのもの(様式とか)を対象にすることが多かったけど、
この2,30年ぐらいの研究は絵そのものだけでなく、
その画家の社会との関係や、主義主張の当時の社会における意味など、
社会学的な面が強まっている。
もちろん個別の絵をバラバラに見るのもいいけど、
美術史に興味があるならばいろいろな流れの中で作品を捉えるのもおもしろいと思う。
今の美術史研究は非常に学際的になってるからね。

50 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 01:52
>>48
画家の人間性とかに興味ない?
なんでこんな作品を作ったんだろうとか?

51 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 01:57
>>48
もちろん美術の見方には二通りある。
全てを自分の好きなように自分の主観で解釈するのも一つの見方。
でも、画家の人間性とか思考に興味を持つのも一つの見方だと思うよ。
どっちかが正しくてどっちかが間違っているわけではない。

52 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 02:07
>>47
> なんか、芸術を否定している様に思えますね。

そうかな?
どんな作者だって自分なりの主義主張があるわけだし、
観る人がそういうのを知ろうとするのはおかしいことではないと思いますが。

53 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 02:40
>>52
絵が、画家の主義主張そのものではないのですか?

その絵、そのもの以外から、その絵の主義主張を理解できるのなら、
その絵には、いったいどんな意味があるのでしょう。

54 :アイロニーですが:01/09/09 02:51
>>53

問い:あなたは絵から歴史、作品ができた作家自身の背景、
主義(イズム)、思想風土全部が解るというのですか?凄いですね。

55 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 02:51
>>53
> 絵が、画家の主義主張そのものではないのですか?
そりゃ当然。
でも何の知識もない時に見た絵と知識を持ってから見た絵とどっちがおもしろい?
何の先入観もない幼い子供時代にいきなり絵を見るのと、
大人になっていろいろな知識を持ってから見るのではどっちがおもしろい?
子供の頃の単に「綺麗だなあ」って感想を悪いと言う気はないけど、
いろいろな知識を持った今の方が味わい深くておもしろい。
それなりに絵の見方(もちろん答えがあるわけではないが)を知っておいた方がいい。

56 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 02:57
最初のうちは理屈なんか全く気にする必要はない。
とにかくいろんな展覧会に行って自分が好きになれるものを見つけてくればいい。
自分の好きなものが見つかると、そこから徐々に深みへはまっていく。
趣味ってのは何でもそんなもんでしょう。

57 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 03:05
>>55

芸術以前に文物って訳だな。
快楽の度量から言えば現代美術の方が上だし、何よりも気楽に見れる。

58 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 03:06
>美術、芸術がさっぱりわかりません。

わかんなくて生活に支障がなければ、無視するか気にしなければいいんじゃない?
俺は芸術に専門的にかかわってきたから学ぶところ大だったけど。

でも現実としてヨーロッパで大戦が終わり、すべて焦土と化したとき
人々はまず真っ先に教会と美術館をたてたんだって。

日本で東京は大空襲されたけど、奈良、京都に本格的な空襲はなかった。
原爆も落ちない。今後も落ちにくいと思うよ。

59 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 03:11
>>57
> 快楽の度量から言えば現代美術の方が上だし、何よりも気楽に見れる。
人それぞれだろ。
私の場合は気楽に見れるのは具象画。
抽象画はわけ分からないのが多くてむしろ不快感が高まる。
ガラス関係は好きだけど、基本的に現代美術はうざい。

60 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 03:15
>>58
> でも現実としてヨーロッパで大戦が終わり、すべて焦土と化したとき
> 人々はまず真っ先に教会と美術館をたてたんだって。
病院とか孤児院の方が先だったと思うのだが。

> 日本で東京は大空襲されたけど、奈良、京都に本格的な空襲はなかった。
> 原爆も落ちない。今後も落ちにくいと思うよ。
軍事上重要な施設が奈良・京都には無かったじゃん。
東京は政策を意志決定する人間が集まる場だから空襲が与える効果は大きかっただろうし、
広島・長崎に原爆が落ちたのは軍港とかがあったからだったような気が。
いずれにせよ58の最後の4行はこのスレに関係なし。

61 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 11:14
>>54
問い:あなたは、絵が歴史、作品のできた作家自身の背景、
主義(イズム)、思想風土をの全てを表現するものだと
   考えているのですか。

62 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 11:52
>>54
問い:あなたは、絵を鑑賞するのに、歴史、作品ができた作家自身の背景、
   主義(イズム)、思想風土全部が必要だと思いますか?
   もし、それが必要だとしたら、何故、画家はその必要な情報を
   絵画に付属させないのだと思いますか?

63 :53:01/09/09 12:53
>>54
私は、絵画が歴史を表す物だとは考えて居ません。勿論、そういった試みを
否定する訳では有りませんが、文字にかなうとは思えません。画家は、歴史学者
なのでしょうか?

また、作家が自画像を描いたとしても、それは作家自身の背景を表そうとしたもの
ではなく、(それはいつも個人的な経験ですが)人間にとってある種の普遍性を
持ったものだと思います。

そして、主義はその絵そのものですよ。文字に置き換える必要はありません。
文字で置き換えられるのであれば、美術館では、絵の代わりに文章を展示すれば
済んでしまいます。

思想風土?画家自身の思想ではなく、画家を取り巻いている思想、という意味でしょうか?
もしそうだとして、そういったもの全てを知らなければ、絵画を鑑賞できないので
あれば、鑑賞するのは大変ですね。画家が生きていた時代と取り巻いていた思想は、
調べることが出来るのでしょうが、実際に画家がその思想に影響されていたかどうかを
正確に知るのは困難ですね。更に、町で出会った異国の人に影響されたり、本で
読んだ空想の世界に影響されたかもしれません。そういったもの全てを、どの絵の
時に影響されたかを特定しなければなりませんね。
こういったことは、正確に知る必要はないのでしょうか?
もし、不正確であったら、どういう事になるのでしょうか?

64 :53:01/09/09 14:00
>>55
絵を一番楽しめるのは、今、全く知識のない画家の作品に出会った時ですね。

画家に対する知識やその時代の思想背景などは、(自然と知ってしまいますが)
その絵に対する見方を狭めていってしまいますね。
勿論、狭められた方が解釈が楽ですし、思想や時代の流れのなかにはめ込んで
しまった方が、絵に色々な知識を付随させ易い事も事実でしょう。
そういった楽しみ方も否定はしませんが、作品の正当な評価とはなり得ない
でしょう。

画家ではないので、間違っているかもしれませんが、恐らく画家が一枚の絵を
完成したと考えるのは、その絵に、自分の表現したかったこと全てが表現出来た
と思えた時ではないでしょうか。

画家が世に出した作品のみから作品を評価することが、正当な立場であり、
その画家と対等に向かい事であると考えています。

65 :goatsong:01/09/09 16:30
この手のスレッドで、以前、痛い目にあったので、止めておこうかと
思ってけれど、どうしても一言言いたかったので。

>>53
>画家に対する知識やその時代の思想背景などは、その絵に対す
>る見方を狭めていってしまいますね。勿論、狭められた方が解釈
>が楽ですし、思想や時代の流れのなかにはめ込んでしまった方が、
>絵に色々な知識を付随させ易い事も事実でしょう。(中略)作品の
>正当な評価とはなり得ないでしょう

最後の一行は、ちょっと絶句するものがありますが、まぁ、それは
措いとくとして、私に言わせれば、これは全く逆ですね。あらゆる背
景から切り離して作品を鑑賞するという行為は、結局のところ、そ
の作品のコンテクストを全く無視して、自分の既得の思考の枠内で
のみ理解するということです。その対象を、自分の趣味内に押し込
めてしまう、自分の理解できる範囲内に都合よく留めておく、そうい
うことでしょう。けだし、そちらの方が遥かに楽でしょう。

逆に作品のコンテクストを知るということは、自分の未知の領域、先
のまるで見えない道に挑戦することです。この作業が楽などというの
はとんでもない話であって、非常に忍耐と努力と苦痛を伴うものです。
しかし、この作業を通して、我々は初めて自分の知らなかった世界
に触れ、新しい領域を獲得し、その深淵と豊穣に畏怖し、驚嘆する
ものです(余談ながら、アリストテレスとって、哲学tは驚嘆することで
あった!)。別に自分の既存の枠内に留まって鑑賞したところで、私
は一向に構わないのですが、そういう知に対する怠惰は、あまり誉
められたことではないかと思います。

66 :goatsong:01/09/09 16:32
さて、53さんの矛盾を指摘しておきましょう。あなたは>>53

>その絵、そのもの以外から、その絵の主義主張を理解できるのなら、
>その絵には、いったいどんな意味があるのでしょう。

>>64では

>自分の表現したかったこと全てが表現出来たと思えた時ではないで
>しょうか。

と仰る。ということは、貴方は作者がその作品に込めた、その作品
を通して、まさにその作品自身が語るところの思想・意味の重要性
を認めるわけですね? ところで、あなたが赤色をみて感じることは、
あなたの友人のそれとは、違うものです。まして、500年以上前の西
洋の人間が感じたこととは、全く異なるのです。その時代の作品の
内に見える赤、画家が”意図して”作品の内に込めた赤は、その時
代の精神風土を知らずして、決して貴方自身の孤独な作業を通して
だけでは、理解できないのです。

>画家が世に出した作品のみから作品を評価することが、正当な立
>場であり、 その画家と対等に向かい事であると考えています。

こう考えてみるとこの言説は、一見もっともなことだと思えるのです
が、貴方のその他の書き込みから照らし合わせてみれば、「作品の
みから作品を評価すること」とは、貴方の個人的経験による作品の
恣意的理解であり、私には、その客観性の全く欠如した作業を、到
底「正当な立場」であるも、「画家と対等に向かう事」とも思えないの
です。少なくとも、「対等に向かい合う」とは、決して鑑賞者自身の都
合の良い解釈の枠内に、その作家作品なり作家なりを押し込めるこ
とではないでしょう

或いは、その正当性を主張されるなら、実際にあなたがその作業を
通して感得されたものを、具体的に作品を挙げて、披露されたら如
何でしょうか? 方法論の正当性は、まさにそれを用いて行った具
体的作業を以ってのみ、初めて証明されるものです。

67 :53:01/09/09 18:14
goatsong さん、はじめまして。名前は良くお見かけしておりました。

>>65
>あらゆる背景から切り離して作品を鑑賞するという行為は、結局のところ、その作品の
>コンテクストを全く無視して、自分の既得の思考の枠内でのみ理解するということです。

なるほど、仰る通り。
しかし、残念ながら、私はどんなに努力しようとも、既得の思考の枠内でしか理解できません。
goatsongさんのように、既得の思考の枠外で理解することは出来ないのです。

>その対象を、自分の趣味内に押し込 めてしまう、自分の理解できる範囲内に
>都合よく留めておく、そういうことでしょう。けだし、そちらの方が遥かに楽でしょう。

残念ながら、自分の理解できない範囲で理解する事も出来ません。私の無能は、認めましょう。

>逆に作品のコンテクストを知るということは、自分の未知の領域、先
            (中略)
>められたことではないかと思います。

知識が鑑賞に結びついて行く、とお考えのようですね。
どうやら、考え方が根本的に違っているようです。
例えば、”画家は〜を表現しようとしていた。”といった予備知識が
あったとします。その画家の絵を見て、”ああ、〜を表現しているのだな”
という反応が、絵画の鑑賞なのでしょうか。いや、別にそれを否定しよう
とは思いません。それも良いでしょう。
私は、画家と感覚を共有したいのです。自分が美しいと感じた絵は、本当に
画家が表現したいと思った物なのか、醜さを表現したかったのではないか、
私には、画家の感じた物を感じ取れるのか?
そう、知識ではありませんね。

68 :53:01/09/09 18:15
>>66
>ところで、あなたが赤色をみて感じることは、
      (中略)
>だけでは、理解できないのです。

なるほど。
是非、goatsongさん自身が感じたことと、500年以上前の西洋の人間が感じたことが
同じであるという、確認の方法を教えて下さい。
他人や、時代を超えた人々と自分の感覚がどれほど違うのか、または同じなのか、
それを確認できるのなら、是非確認したいと思います。

>こう考えてみるとこの言説は、一見もっともなことだと思えるのです
        (中略)
>底「正当な立場」であるも、「画家と対等に向かう事」とも思えないのです。

なるほど。
個人的経験によらない、恣意的では無い理解があり、客観性のある作業が存在するの
ですね。私の勉強不足でした。もし、その作業を説明した文献があれば、是非、紹介
して下さい。勉強します。

>或いは、その正当性を主張されるなら、実際にあなたがその作業を
       (中略)
>体的作業を以ってのみ、初めて証明されるものです。

困りましたね。これは、私の否定している物なのです。
画家は、自分の表現としての全てである絵を、既に提出しています。
そしてそれは、絵でしか表現し得ないものではないでしょうか。
goatsongさんは否定するかもしれませんが、絵で表現されたのもは、絵でしか
表現できないと思っています。言葉や知識で補完されるべき物では無いと
考えているのです。

69 :53:01/09/09 20:04
>>66

うまくいくかどうか分かりませんが、補足してみます。

何の予備知識も持たずに、美術館で絵を見ていたとします。
そして、そのなかに足を止めた一枚の絵があった時、その瞬間が、画家と
一枚の絵を共有した瞬間だと考えています。
たとえ、画家が本来表現したかった物とは、違うところに心を惹かれたとしても。

何年か経つと、もう惹かれるところが無くなるかもしれませんし、
違う感覚を持つかもしれません。
しかし、毎回違う感覚を持ったとしても、その絵に惹かれるのであれば、
やはり画家とその一枚の絵を共有していると考えています。

goatsongさんには、自己満足以外の何者でも無いようにしか感じられらないと
思いますが、今現在、絵を理解(言葉での表現を否定しているのですから、
この言葉を使いたくないのですが、仕方がありません)するとはこういった
現象であると認識しています。

言葉での説明が無意味であると考えているのにも拘わらず、あえて、言葉での
説明を試みました。全く不十分ではありますが、何かが伝われば幸いです。

70 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/09 23:21
>>69
それはそれでいいと思うよ。
でも、本当に絵と一体になったかのような衝撃に出会えることってめったにないでしょう。
私の場合は、見た瞬間に衝撃をうけたことは数えるほどしかない。
絵に接したほとんどの場合は知識があったほうがおもしろいと思う。
解読するっていうか味わうっていうのかな。

71 :53:01/09/09 23:56
>>70
ありがとうございます。
一方的に吊し上げられると思っていました(これから、かもしれませんが)。

絵を見る時、知識があった方が面白いという事を否定する気はありません。
これは、個人の感情ですから、他人が否定する類のものでもありませんし。

ただ、理解(嫌ですね、この言葉)の正当性を主張する場合には、どうなるでしょう。
どの程度まで、知識や歴史や主義を持ち込むことが許されるのでしょう。
極端な場合、絵に書き加える人が出てきて、”この絵を描いたとき、この画家は
目が悪かったのだから、このくらいボケて見えていたはずだ”などと言われたら、
それを否定できるのでしょうか。

絵そのもの以外を持ち込むことを許した時、どこまでを許すのか、あとほんの
僅かでも別の物を持ち込むと、それはもうおかしい、という境界を提示し得るので
しょうか。
この辺が心配なところですね。

72 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/10 00:43
>>71
デュシャンのような人を大嫌いなようですね。私も嫌いです。
絵を「否定する」ために知識や主義主張を持ち込むのには反対です。
そういうのではなく、その絵をより「理解する」ために、
画家がその絵を描いたときの気持ちにより近づくために、
絵そのもの以外の知識も持った方がおもしろいのでは?と思ったしだいです。

73 :71=53:01/09/10 01:57
>>72
絵を楽しむために、絵そのもの以外の知識を持つことに反対したりは
しません。気に入った絵を見つけたとき、その画家の生い立ちや
生活環境、その時代の思想などを調べる作業も、きっと楽しいことと
思います。

しかし、画家の生い立ちを知っているから、より良く作品を理解出来
ているのだ、とか、ぞの時代の主義思想を知っているから、よりその
作品を深く理解してるのだ、といった主張をされると、途端に拒絶
反応が出てしまいます。

画家達は、本当に、自分たちの生い立ちや生活環境、その時代の
主義思想などを自分の作品と重ねて鑑賞する事を望んでいたので
しょうか。
画家が望んでいない条件で、作品を鑑賞する事が、正当な評価と
なりうるのでしょうか。

という事なので、画家に、”生い立ちと生活環境、主義思想ぐらい
調べてから絵を見てくれよな”と言われれば、土台から崩れて
しまいますが...。

なんか、だんだん弱腰になってきたような気が...。

74 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/10 02:23
流れと関係ないけど
1みたいなワカラン君が別スレにもいたよ。
http://piza2.2ch.net/test/read.cgi?bbs=gallery&key=972245839&st=632&to=644&nofirst=true

75 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/10 02:53
>>73
画家は主義思想ぐらいは分かってほしいと思ってたんじゃないかな。
生い立ちや生活環境を知られることは余計なお世話だと思っただろうが、
自分の主張が理解されることは望んでたと思う。

画家もメシを食わないといけないから、
他の画家と差別化できるオリジナルな主義思想は持ってたはず。
そういう主義思想が理解されなければ、金にならない。
純粋に自己表現のみを考えて作ってた画家はあまりいないでしょう。
基本的にはニーズのある絵を作る。

76 :莵玖:01/09/10 05:26
僕も勉強してたけどやはり「近代」てのはどの分野にしてもデカい。
産業革命以後、資本主義経済機構の確立と神殺しの「近代」。
もっと謂うと「理性/知性の重要性の増加」かな。
この辺はヘーゲルとカントあたりきちんと勉強したほうがいいのかもしれないけど。
取り敢えず、この「理知性」がどんどん昂進して価値が重要視される
ようになったのは近代(欧州)からみたいです。
それと共に、西洋ではイズム(主義主張)ってのがウェイトを占めるように
なって来た。純粋なイズムのみを主眼とする概念芸術も生まれた。
謂ってしまえば、西洋で近代以降知識層の間で広まって来た知的遊戯の類い
なんでしょうね。芸術ってのは、ホントのトコを言えば。

でも様々の哲学者(バタイユやウィトゲンシュタイン?その他etc)
も指摘してるように、言語や理知性を超えるものっていうのがやはりあって、
それと「純粋な理知性を求める態度」との葛藤や拮抗あるいは融合が
このモヤモヤの原因なのだと思いますよ。正直。
あと、西洋は言葉=理知性であったのに対して、
東洋は言葉=感性という土壌も手伝ったものなのだと思う。
西洋のイデオロギーと連綿と続く東洋的/日本的心性との葛藤。


楽しめればいいってのはあるけど、この先には何かが!ってのも
見逃せないと思う。人次第なんだけどね。
「知的好奇心探究心」

以上、若造のレスでした。

77 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/10 07:50
難しいことは分からないけど、
全てを自分の価値観のみで見ようとするよりは、
多様性を味わうぐらいの余裕があったほうがおもしろいと思う。

78 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/10 20:18
>>77
凄い!他人の価値観で見ることが出来るのですね。
多様性は、自分の価値観の中には無いようですね。

79 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/10 21:13
>>75
やはり、絵を見るより、まずは知識をたっぷり仕入れる方が先、
という人が圧倒的なんだ。

画家は、絵から主義主張を読み取って欲しいんじゃないのかなあ。
画家じゃないから、はっきり言えないけど。

80 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/10 23:38
アーティストの目的ってさあ、
この凡庸な世界をオイラの新しいビジュアル言語で
書き換えてやるぜってことでしょ。
そうすると、これまでのビジュアル言語が
わかんないと、わからないじゃないかってのが理屈だけど、
(確かに現代美術なんかはそうだよ)
じゃあ、もう印象歯の絵なんていらないっていうとそうでもない。
現代美術を既に知っている僕らが印象歯に惹かれるのはさ、
世界ではじめて戸外で絵を描いた、瑞々しい自然を発見した、
彼らの喜びが画面から伝わってくるからじゃないかと思うんだ。
それがオーラみたいにして、作品に永遠の輝きを与えるんだな。
だれかが宗教画はキリスト教の宣伝道具みたいなこと書いていたけど、
画家本人は、もっと別のこと考えていたと思うよ。
たとえ時代背景とかわかんなくても、オリジナルを見れば伝わってくるよ。
それが最初は何なのかわかんないかもしれないけど。

81 :53:01/09/11 01:40
>>76
>でも様々の哲学者(バタイユやウィトゲンシュタイン?その他etc)
>も指摘してるように、言語や理知性を超えるものっていうのがやはりあって、
>それと「純粋な理知性を求める態度」との葛藤や拮抗あるいは融合が
>このモヤモヤの原因なのだと思いますよ。正直。


凄い!きっと、それ!

詩人が、その詩集に何のためらいもなく、挿し絵を使うのに、画家は
何故、文字を取り入れないのか?画家は、詩人より形式にとらわれている
為だろうか?

絵には、言葉では伝えられない何かを、伝える力があるのではないだろうか。
詩人は、言葉では伝えきれない何かを補うために、挿し絵を使うのでは
ないだろうか。画家は、言葉で伝えられない何か、それを伝えたいのでは
ないだろうか。言葉で伝えられない何か、それに望みを託しているのでは
ないだろうか。

なにゆえ、絵の具の上に知識を塗りたくる?文字を書き連ねる?
なにゆえ、絵画の前に書物を積み重ねる?
どこに、奇跡のような、あの光の色が見える?
どこに、陰鬱になるような、あの暗く重たい色が見える?

本当に、絵を見たいのかい?

82 :ヒロ:01/09/11 01:42
芸術は解らないから面白い、解れば面白くありません。
それにしても、人間も人生についても何もわからないし
芸術も永遠にわからないことなのかもしれませんが、
ある日、突然にわかります。そういうものと思います。

83 :goatsong:01/09/11 14:10
貴方が詩人になるのは結構なのですが、一体、誰がどこで、視覚
芸術を(すべて)言語化して理解することを主張したのですか?
私や貴方の意見に異を唱えている方々は、視覚芸術の鑑賞は知
識も必要だ(概念を概念によって理解する、また、概念を通して実
存に近づく)と主張しているのであって、絵画は100%言語化し得る
(実存はすべて概念化し得る)などとは、私が目を通した限りでは、
誰も言っていませんが?

というか、>>81とほぼ同じことは、私も以前に主張していますし、
http://piza2.2ch.net/test/read.cgi?bbs=gallery&key=985101650&st=116&to=116&nofirst
>>76の後半にほぼ近いことも、書いています。↓の722番)
http://piza2.2ch.net/gallery/kako/971/971795392.html
(理知では捉えることの出来ないという世界観こそが神秘主義であ
り、ロマン主義なわけで)

えーと、この先の展開は見えているし、私はそこまで体力がないの
で、これで沈黙しようかと思いますが、最後に一つ。

美術史を少しでも勉強していただければわかるのですが、美術は
「言説的」要素と「形象表現的」要素から成り立っているのです。美
術を語るのに、「言説的」側面からばかりアプローチするのも愚か
ですが、「形象表現的」側面だけで語るのも困ったものです。貴方
は否定されるでしょうが、作者が好むと好まざるとに拘わらず、人
間が現象の大部を言語という記号の内に捉えている以上、人間の
手によるあらゆる創造物には、言説的要素が嫌でも入ってきてし
まうのです。(逆に言えば、我々が果たして純粋な知覚のみで、一
体どれほどの事象を認識しているのか、極めて疑わしいものがあ
ります)

84 ::01/09/11 14:42
>81
>画家は 何故、文字を取り入れないのか?
>画家は、詩人より形式にとらわれている為だろうか?
ってなにいってんの?
文字使った絵画作品なんて星の数ほどあんじゃん!

85 :空耳:01/09/11 23:28
私もファーストインプレッションには執着する方だけど・・・
理解とはすなわち言語変換をしていくこととほぼ等しいのだから、
絵画を理解する上で言葉で表現することが不毛だとは言ってもらいたくないな。
感銘することの深度に関しては正当性も優劣もあるはずもない。
だから美術史的知識に精通している必要はないと思うけど。
感銘なんて感情の色彩のようなものだから、客観的じゃないですね。
客観的であるとすれば心拍数の上昇、発汗の度合いくらいでしょう。

理解する上ではあらゆる知識が有効だと思う。
その中で美術史の知識がもっとも有効なんだろうけど、
正直結果的には常識的な解釈になりがちだとは思う。
幾つかの分野においては美術史は成熟しきっているわけだから、
斬新な解釈は違う分野からやってくるのではないかしら。
だから哲学や文学は勿論のこと、社会学は今まさに行われているけど、
数学や化学、天文学からの輸血はこれからどんどん必要ですよね。

しかしまあ、美術に感銘してその対象について調べようとしないのは、
怠惰というよりはその人にとって人生をかけるほどのものじゃないからでしょう
怠惰と言ってしまうのは焦燥では?
私は映画を見て感動したりするけどそれについて調べたりしない。
そのまま放置するもん。せいぜいその監督の他作品を見るくらい。
それって情熱の違いだよね。
口が裂けても私の方が映画に対して情熱があるなんて言えないもの。
でも映画理解には文学の知識や美術の知識が応用できるから
自分の映画理解が他の人に比べて素人だからといって全く駄目とは思わないけど
(僭越?)

86 :空耳:01/09/11 23:37
あ、でも前goatsongさんの話にあった、
理解することと感銘することとはリンクするというのはあると思う。
理解することがなければさらなる感銘はないでしょうね。
そういう意味で私にとって芸術は大切なものだから
理解するために様々な労力を払うのは全く苦じゃないんだけど。
知識を目の敵にするのも少し歪んでいると思うよ。
知識は自然と知りたいと思ってくるものだし、
もっと知りたいと思わないのはそれだけの存在だからでしょう。
>>53にはもっと人生の中で重要で時間をかけているものって
あるんだと思うし。
双方もっとソフトになろうよ。
それとも私みたいなタイプが一番冷たいのかも・・・

87 :53:01/09/11 23:53
>>83
どうやら、寝酒の梅酒を飲み過ぎたらしいです。
試しに、ウォッカで梅酒を作ったのがいけなかったようです。

goatsong さんが私の問いには、いっこうに答えてくれる様子もなく、他の人へのレスに、
goatsong さんへの問いかけを強引に接ぎ木しても(気づいてましたよね)、全く反応して
貰えなかったので、向こうの端へ走ってみました(詩人になったのは、本当の暴走です)。
やっと、追いかけて来てくれましたね。
にわか酔っぱらい詩人も、捨てたものではないようです。

私が否定しているのは、絵画(まあ、文字以外の表現を使っているもの)への言語の
持ち込みです。僅かでも、です。これは、鑑賞者に限定しておきましょう。研究者には、
必ずしも鑑賞は必要ではないでしょうし、言語は必要ですから。

私を主義で分類するのなら、合理主義へ分類して下さい。
文字で表現しうる物は文字で、絵が必要であれば、絵も、そして、文字では表現できない
物は、絵(文字以外)で。創作者である画家が、文字を排除しているのなら、鑑賞者である
私も、文字を放棄しましょう、と。単純なだけですかね。

画家は、自分自身が言語に大きく影響されていることは承知しているのではないでしょうか。
その上で、あえて言語を用いていないか、言語以外の可能性を追求しているのではないで
しょうか。そうであれば、鑑賞者である私も、その試みに付き合おうと思います。
そして、その試みが成功するかしないかは、画家の力量もあるでしょうが、おそらく
私の感性によるところが大きいでしょう。絵を評価するとは...恐ろしいですね。

88 :53:01/09/11 23:54
>>83
もし、特にどうと言う感じを受けない絵に出会った時、大した事のない画家だ、と言って
切って捨てるか、知識を動員して、誰それに似た絵だな、といって通り過ぎるか...。
もし、知識を使わず、切って捨てることも出来なかったら、残るカードは、自分には
この画家の感じた物を感じ取る感性が無い、という事です。
どれだけ、このカードが貯まったことか。なかなか辛いですよ。

知識を用いなかった場合、自分自身の感性がそこにさらけ出されるわけですが、
感性の欠落は認識できるものの、その解決は容易ではありません。
しかも、なんの努力もなく、それを身につけている人達も居るのですよ。
そして、これは知識のように、努力すれば見返りが得られるというものではないのです。
goatsong さんは、絵を”思考”したり”理解”する事を前提にしていた様ですが、
それは違っているのではないですか、と主張しているのですよ。

goatsong さんが>>65で指摘しているように、私は既得の思考の枠内でしか、理解する
事が出来ません。
しかし、私の考えをgoatsong さんが吟味してくれたおかげで、既得の思考の枠外で
理解することが実現されました。
これで、私の問いかけにgoatsong さんが答えてくれれば、私の考えを大きく修正できる
チャンスであったのですが...。
まあ、贅沢を言うのはよしましょう。

ところで、ウォッカで作った梅酒も悪くないですよ。
詩人になれるみたいですし。

89 :53:01/09/11 23:59
>>84
ごめんなさい。
それ、goatsong さん専用だったんです。

もしそこにgoatsong さんが触れれば、(文字を使わない)画家は意識して、
文字を排除している証明になって、”あなたは、制作者が意識的に排除したものを
持ち込んでしまうのですか?”となり、そして、”映画監督がわざわざ作った無音部分に、
BGMを加えて鑑賞するのですか?”とか”モノクロームの写真を、着色して鑑賞するの
ですか?”とか、不愉快なレスを受けるところだったんです。
goatsong さんには、振られてしまいましたが(あたりまえ、という話もある)。

申し訳ありませんが、どうしてこうなるのかは、前の方のレスを参照して下さい。
ということで、ご了承下さい。

90 :53:01/09/12 00:25
どうしても、誤解されているようですね。

知識は、私も仕入れていますよ。調べるのは好きだし。
ただ、絵を鑑賞するときには、これに蓋をします。

絵を理解する、というアプローチが間違っているのでは?と言っているのです。
理解は、言語にリンクしていて、絵画は言語を排除しているのですから。

堂々巡りになりそうなので、このへんで。

91 :空耳:01/09/12 02:24
>知識を用いなかった場合、自分自身の感性がそこにさらけ出されるわけですが、
>感性の欠落は認識できるものの、その解決は容易ではありません。
>しかも、なんの努力もなく、それを身につけている人達も居るのですよ。
>そして、これは知識のように、努力すれば見返りが得られるというものではないのです。

知識なくして感性はありえないでしょう。
知識のない無垢なる存在である赤ん坊は生まれながらにして
芸術を理解する感性はあるの?
知識は何も美術史の知識に限られないと思うけど、
経験は知識であり、知識なくして何かを評価することなど不可能。
そもそも感性って何?芸術的価値のこと?
すなわち市場価値?(芸術的価値の高いものは大概高値ですね)
自分が良くないと思うものは良くないでいいんじゃないの?
世間的に評価が高かろうが私はつまらなかったら
美術館でその絵の前で立ち止まらないけど。(ルノワールとか)
あなたこそ鑑賞することの意味を取り違えているのでは?

92 :空耳:01/09/12 02:39
>私を主義で分類するのなら、合理主義へ分類して下さい。
>文字で表現しうる物は文字で、絵が必要であれば、絵も、そして、文字では表現できない
>物は、絵(文字以外)で。創作者である画家が、文字を排除しているのなら、鑑賞者である
>私も、文字を放棄しましょう、と。単純なだけですかね。

ちっとも合理的じゃないよ!
文学に触発されて創作された絵画がどれだけ多いことか。
私たちの行うことはその反対。
絵画に触発されて言語化を行う。同じことなんだよ。
だから言語化行為の幾つかには同様に芸術的行為と言いうるんだよ。
必ずしも芸術家が常に私たちの上にあるんじゃない。
ある種の才能ある人たちは絵画に触発されて芸術行為を行うんだよ。
例えば澁澤龍彦であるとか、和辻哲郎であるとか、小林秀雄とか。
これを否定するのなら、芸術的絵画表現のほとんどが
否定すべきものになってしまうことに気が付いてください。
芸術という行為がそもそも
広義の意味での翻訳行為に他ならないのですよ。

第一、知識を絵画鑑賞するときにわざわざ蓋を何故する必要がある?
何の為に知識を仕入れているんだろう。
知識の為の知識になっていない?

93 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/12 02:58
そんなことよりいまNYがたいへんだよ。

94 :ヒロ:01/09/12 03:05
絵との出会いは偶然が一番です。
知識や思考のはじまる前の一瞬にすべてがわかります。
その後に解るのは、ただの知識です。
絵画は言語世界や知識とは違います、絵画でしか解りません。
でも、この世は言語世界であり、
人間は言語でしか思考できないと言うことが、
絵を直接に体験することを難しくしてます。
知識は絵を見るのに邪魔になります。
何故なら、芸術以前の作品はすべて等しく美しいということです。

95 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/12 03:12
他力本願な物言いは通用しないよ。
>>94「みなさん他力本願でいいんです。」
っていってるようにしか見えないよ。
そんな人はこの板には少ないよ。
みんな自分の価値観や好みを割り出そうとしてるし、
それに従って生きてるんだから。

96 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/12 05:26
53のヤツ、そうとう暇なヤツ。
2ちゃんねるヨタ、とは
こう言うヤツのことか?

97 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/12 05:28


  
   53=ヨタ

98 :iLLLLLLL:01/09/12 05:52
言語・思考といっても日常的な言語・思考以外でもそう言えるものがあると思うけど。
例えば、ピアノを弾いてるときはピアノの思考と経験が合わさったような考え(?)をし
ていたりマリオカートやってるときはマリオカート用の思考みたいのがあったり
数値計算のプログラムを組んでれば、プログラミング言語と数学をいったり来たりしたり
するような気がするけどそういうのは他人に伝えるための文章や会話とは必ずしも同じで
はないと思います。
これらと同じように、絵画を見るときは思考していないつもりでも既に見た絵画と比較して
いたり個人的経験に基づく美術的知識とは必ずしも限らない図像学のようなものがあったり
して、鑑賞時に絶えず集中してる訳ではないと思うから、気が緩んだ時や見終わった後にで
もそういう文章化が難しいものに知識を絡めてみると面白いかも。
基本的に客観的知識など→鑑賞は良いと思う。作家や評論家や思想家や哲学者などが鑑賞
→言語化の際にインチキや表現の宿命みたいなもので鑑賞から生まれていないだろうと思
ってしまうものまで言語化してしまって胡散臭くなりがちなので53さんみたいに拒否した
いという考えが生まれるのは分からなくはないけれど。その類の人達がそのような感じ方
をしていたか実証も出来ないのでこの疑いは失礼なのかもしれませんが、事実による知識
なら個人的には面白いく感じる。話半分に読めば面白いのもあるし。極端な二分法と古く
からの懐疑論などには気をつけたい。固有名詞に賛成するかどうかは別ですが、空耳さん
とgoatsongさん等と同じ部分が多少あるかもしれませんが。あと、数枚の大好きな絵程度
なら客観的事実をも拒絶して個人的経験とあわせてみる位はいいかもしれないと思う。そ
うすれば安心して観られるし。

99 :iLLLLLLL:01/09/12 05:59
なんか、文の飛躍が激しくてまともに読めないかもしれませんね。
面倒なので書きなおさないけれど、失礼しました。

100 :なんかへん:01/09/12 11:58
>>92
ん、ん?
渋澤が芸術行為 ??
ただの紹介者だと思われ。
あの晩年のナントカ親王航海記だっけ、
あれはけっこう好きだけど。

芸術が翻訳 ??
芸術の目的は世界をひっくりかえすことだろ。
キミのも含めて、それまでの古くさい目玉に代わって
新しい目玉を与えるためのものだろう。
そして明日をも知れぬ人類に生きる勇気を
与えるためのもんじゃないのかい。

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