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日本美術鑑定協会ってどうなの?

1 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 00:16
掛軸の鑑定を頼みましたが、対応もよく鑑定書も発行されました。
過去に批判記事があるようですが、なにか誤解があったのでは?


2 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 00:20
そんなとこの鑑定なんの意味もない。

3 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 01:52
http://homepage2.nifty.com/artcorp/
ここか?

4 :かおりん祭り ◆KAORinK6 :02/04/13 03:07
     ∋o
    ノノハ丶
    川^▽^) <新スレおめでとうございまーす♪
    (o`y/o)
     |_┳┳」
     U  U



5 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 06:24
鑑定には法的責任は伴わないようです。
法的に公に認められているのはフランスだけだそうです。
今まで個人レベル(他にもありますが)で多く発行されてきた
鑑定を法人化し行っているだけなのではないでしょうか。

6 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 07:44
鑑定人って言うのは作家によって決まってるんだよ。
著名な作家の場合はね。
例えば、大観だったら大観記念館、
御舟だったら速水弥さん、
梅原だったら東京美術倶楽部って言う具合にね。
本物だろうが、偽物だろうが、その鑑定人が本物と言ったら本物。
それ以外の鑑定は権威無し。

7 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 08:04
>>6
では所定鑑定人のいない例えば
江戸時代の狩野派の絵画等の鑑定は
どこでやってるのでしょうか?

8 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/14 00:58
>6
では所定鑑定人のいない例えば
古陶磁はどこでやってるのでしょうか?

9 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/14 09:10
東京美術倶楽部鑑定委員会に鑑定頼んだけど、疑わしきは絶対見とめないし、
それを乗り越える冒険は絶対しない。誰が見ても本物だけが本物としか認めない。
つまりここの2ちゃんネラーはほとんど鑑定士の資格ありーーーというわけ。

10 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/14 21:41
>9
要するに東京美術倶楽部鑑定委員会は、教科書通りマニュアル通りの
誰でも本等を参考にしたらできるような鑑定しかできないということか?
それじゃダメじゃん。
誰が見ても本物なんて鑑定してもらう意味ない。
良くわからんから鑑定してもらうんじゃないの?

11 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/14 23:03
今日鑑定という言葉が非常に出回ってるけど、本来鑑定というのは不可能に
近いもの。なぜなら厳密には本人以外は分らないから。だから第三者がその
物に対して評価を下す場合、100点満点以外は認められないわけ。
遺族の方が見る場合もあるけど、それとて全てを知っている訳ではないしね。
それと、鑑定は物の真贋であって出来の良し悪しではない、ということ。
古書画の場合、この事が最も問題になる。結論から言うと、不可能。
考古学的、科学的に贋物を証明する事はできるけど、同時代の贋物は証明
できないし。実際に応挙や良寛なんかは本人を名乗る偽者がいたしね。


12 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 09:33
>>そうなんです。誰が見てもわかるものを本物と判断すれば、金額の評価が
あがるだけなのです。みててもらって白黒はっきりしょうなんて、
3万円の出品料だけが彼らの儲け。10人もの人間が見て一人でも異論を唱えると
真品と認められない。こうなると誰も冒険はできない。

13 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 10:26
本当に真贋なんて作った本人にしかわからないのは当然。
所定鑑定人とて完璧じゃないし、所定鑑定人が贋作としたものを、
次に引き継いだ新しい所定鑑定人が本物と鑑定することだってよくある。
しかし、間違えてはいけないのは、そのような真贋のはっきりしないものでも
所定鑑定人が本物だと言えば、それが仮に贋作でも、本物になってしまうと言う事。
作った本人がいない以上、真実がどうであれ所定鑑定人の判断が絶対なのです。
鑑定と言うのは、学問的には分類学なので、現在考えられてる本物としての要素・要件を
備えている物は、分類上、本物とされるということ。研究が進んで、
本物としての要素・要件が変更されれば、それまで本物とされていたものが偽物にもなるし、
偽物とされていた物が本物にもなる。
真贋は、時代によって変化するし、その時代の所定鑑定人の判断が絶対的であり、
誰がなんと言おうと、その鑑定が真実となってしまう。
鑑定というのは、そう言うものです。

14 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 10:38
>13
仰る通りですな。
ところで、今の東美の鑑定委員会のボスは誰だっけ?

15 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 12:33
> よくわかってるんだけど、「研究が進んで」−−これはだれがするの?

16 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 13:13
>15
13じゃないが代わりに答えよう。
美術史家とか色々いるだろ。
例えば、
山田太郎が黒田清輝の知遇を得たのは18XX年だと言う事が、
今回発見された新しい文献で分かった。
従って、それ以前に描かれた、この山田の絵に外光派の影響が
入ってる筈が無い。よってこの絵は偽作、とかやる訳よ。

17 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 14:00
鑑定は本物か偽物かが問題だけでなく、
結果がよければ市場で通用する商品価値の保障になることが重要。
所定鑑定人が絶対的ということもないと私は思うが、
問題はそれ以外に存在するインチキまがいの鑑定機関にある。
東美の鑑定が意味ないとの意見もあったがそんなことはない。
彼らの鑑定書は現実として業者に取引の材料として認められている。
業者の仲間割れでできた鑑定機関や質屋関係のもの、まったくの素人など
さまざまあるので気をつけて下さい。


18 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 14:34
>17
>所定鑑定人が絶対的ということもないと私は思うが、

確かに鑑定結果が正しいか正しくないかということでは絶対的ではないが、
所定鑑定人の鑑定結果に異論を唱えても、それは通用しないのがこの世界。
そういう意味においては所定鑑定人の鑑定は絶対的と言える。
ある種の権威だから、これはしょうがない。
所定鑑定人が贋作と鑑定した本物と、本物と鑑定した贋作だったら、
本物と鑑定した贋作の方が一般的には値が付くからね。

19 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 14:42
>自分からは調べようとはしないんですね。

20 :17:02/04/15 15:21
>>18
誤解があったのかもしれないが、市場価値において「絶対」ではないと言いたかっただけ。
例外的に所定であっても市場から認められていないケースも存在する。
その場合、作品としては真作とみなされるが、鑑定書(個人名)によって評価が違う事実もある。
しかし、基本的には多くの所定鑑定人は権威があるという考え方に相違ありません。

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