5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

河鍋暁斎ってしってる?

1 :画鬼:02/01/18 11:30
幕末の日本画家、河鍋暁斎ってご存知ですか?
私は彼の作品に大変興味があって大学で勉強しています。
そこで彼の知名度、印象、もしくは彼の埋もれた作品等、皆様にお伺いしたい。
いたって真面目な書き込みを期待します。

2 :iroha:02/01/18 15:33
河鍋暁斎、わたしも好きです。
昔バイとしていた絵画教室のちかくに、記念館があって、結構衝撃でした。
ちょっとようかいっぽいかなあ、とおもうけど。
ご存知だと思いますが記念館は埼玉の蕨にあります。

3 : :02/01/18 15:49
http://www2.ocn.ne.jp/~kkkb/Kyousaij.html
学芸員募集中だって

4 :画鬼:02/01/18 15:49
暁斎の孫娘に当たられる楠美先生の美術館ですね。
私も行ったことがあります。暁斎はスケッチを沢山残しましたが、殆どが同館に所蔵されており圧巻です。
できることならば私の手元に暁斎の作品を置きたいものです。

5 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/18 22:11
age

6 :よっちゃん:02/01/19 02:14
一般的に暁斉は「ギョウサイ」で通ってるけど、
あの孫の方は「キョウサイ」って言いますよね?
なんでだろ。。。

7 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/19 02:54
おばけ。

8 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/19 08:03
ものすごく巧い人ですね。昨年東博の常設で面白い絵が出てました。
江戸東京博物館の展覧会は記憶に新しいところです。

9 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/19 14:18
彼の作品が好きで、江戸東京博物館の特別展(もう、5年以上前か?手元に資料がない。スマソ)と
蕨の美術館に行きました(ちなみに、あそこの美術館は頻繁に学芸員の募集をしているようだけど、
定着しづらい何かがあるのか?(^^;)。
白鷺の版画がすばらしかった。空刷り(今で言うエンボス)で鷺を表現していた。デザインの発想が
北斎よりさらにポップで現代に通じるものがあるような気がします(北斎はもっと、
トラディッショナルと言うか、日本が鎖国していて、絵画表現の形式が純粋培養な頃の
色が濃いいと言うか)。
蛙にたくした風俗画も面白いですね。たしか百鬼夜行の絵もあったと思う。
子供の頃から、暇があると、今でいうクロッキー風の写生をしていたそうですが、あの描写力は
それを頷かせるものがありますね。圧倒的にデッサン力がある人は、発想性や構成力がおざなりに
なる傾向があるのですが、彼はどちらの才能も非常に高い稀有の人だと思います(^^)。
長レススマソ&勉強頑張ってください。(事実誤認があったら、ごめんなさいねー。資料が全部実家なの。メソ〜)

10 :画鬼:02/01/20 00:57
>>6 よっちゃん
「きょうさい」でも「ぎょうさい」でもいいらしいですよ。
えいごでは、KyosaiとGyosaiのニ表記してありますし。

11 :丸山英二:02/01/20 00:57
>>9
>北斎よりさらにポップで現代に通じるものがあるような気がします
そうそう、その意味でぼくは暁斉にいまいちピンとこないのです。
すごく上手いのは分かるけど、西洋の影響を受けすぎて,今の目から見て新鮮味がないというか。(それだけに、当時は革新的だったのでしょうが。)
ぼくは江戸文化、とくに歌川国芳(暁斉の師匠)が好きなので、どうしても比較してしまうのですが、ユーモアセンスも明らかに異なりますよね。

12 :画鬼:02/01/20 01:26
暁斎のユーモアは日本人からしたら多少気味悪かったり、信仰をあざ笑ったいわゆる「モービッド」なセンスでしょう。しかし彼自身信仰心は篤かったようです。
多くの寺社仏閣に寄進および絵を奉納していますから。
暁斎の弟子に多くの外国人がいたことから見て、技術力とそれを彼なりのユーモアで表現する能力に彼らは惹かれたのではないでしょうか?

13 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/20 02:56
>>6
>>10
暁斉を「キョウサイ」と呼ぶのは、
「狂(キョウ)」という音に掛けたいからです。


14 :画鬼:02/01/20 03:22
>>13さん
では「ぎょうさい」と言うのが普通であって、
「きょうさい」は彼が「狂斎」として後に定着したということでしょうか?
もし宜しければそれらを示す文献等御座いましたらご教授ください。
暁斎についての論文を書く予定でおりますので。

15 ::02/01/21 00:58
アカン、ヤテモータ(^^;。
訂正:私が行ったのは、蕨の記念館ではなく、茨城県古河市にある古河美術館のほうでした(学芸員うんぬんもそちら。あまり本気でとらないように)。
こちらの美術館も何年かに一回の割合いで暁斎展をしているようですね。
1999年に、没後110年記念『河鍋暁斎展−美しき人々』という企画展をしているようですが、
私が行ったのは、それ以前の展覧会(主に風俗画))です。
>11、12
人の受け取り方は様々ですね(^^)。私自身は、古くからのデザインと題材を継承をしつつ、
西欧的な写実と融合させたテクニック、それを包み込む彼独自のユーモアのセンスがとても江戸的であり、
それぞれの要素が実にうまく溶け込んでいるところが好きなんだと思います。
当時の日本人にとって、あの内容が写実的に表現されているのは、明から様で、
画鬼さんがおっしゃるように、羞恥心や気味悪さ(恐怖)を感じさせた、とどこかで読んだ覚えがあります。
暁斎への一般的な関心は、ほんの10年くらい前からだと記憶しています。
文献は、企画展のカタログからあたった方がいいのかもしれませんね。
実家の資料を見る機会があったら、またきます。

16 :13:02/01/21 03:30
>>14 画鬼さん
 
残念ながら、知人(近世専攻)から聞いたことなので詳しくは知りません。
当然参考文献・論文等も存じません、あしからず。
これから論文を書こうという方に、
あやふやな情報は混乱の元になるので、ご自身で確認していただきたいのですが、
暁斎自ら「キョウサイ」と自称し、
周囲は字面から普通に「ギョウサイ」と呼び、こちらで一般的に流通していたのが、
近年、暁斎の意向に沿って「キョウサイ」と呼ぶようになったのではないかと(不確かな記憶で自信ありません、請うご批判)……

まあ、どうにせよ、「暁」を音読みの体系から逸脱させ「キョウ」と読ませ、
「狂」とかけるところに、情念の人暁斎の反近代主義・反理性主義を見ることもできるわけですね。

17 :13:02/01/21 03:42
そういえば、「芸術新潮」の1998年の6月号や、2000年の2月号に
暁斎が特集されていましたね。

論文の参考文献にはなりませんけど一応(って、知ってますね)。

18 :とりあえず...:02/01/22 02:46
>>6
>>10
>>13

1998年の6月号「芸術新潮」より

河鍋暁斎。「ぎょうさい」ではなく「きょうさい」だ。
もともと「狂斎」と号していたのを、明治4年に「暁斎」と改めた。
字は変えても読みまでは変えなかったというわけだ。
その証拠に、フランス人のギメも、イギリス人のコンドルも著作のなかで
”キョーサイ”と書いている。

19 :画鬼:02/01/22 11:08
皆さんわざわざのご指摘および御教授感謝致します。
後学の参考にさせて頂きます。

20 :画鬼:02/01/22 15:20
いろいろな雑誌、研究誌で度々名は挙がるのに知名度が今無いに等しいのはなぜでしょう?
またあれだけ多くの作品を書いたのに、なぜ市場に少ないのでしょうか?

21 ::02/01/22 16:11
う〜ん、知名度と言う意味では、丸山さんの考察がするどいのでは?
明治前後で「画」が日本画・洋画と言う対立概念に分けられる過程で、
庶民文化はとことん断罪されましたし、特に性的描写、残酷な場面、政府批判を含んだものは、
官学派(美術史家、評論家を含めて)から排除されたはずです。
北斎の再認知だって、戦後、結構新しい話です。
日本文化再考が特にここ10年取りざたされていると思うのですが、
河鍋暁斎は日本文化再考の波にうまく乗りきれない中途半端さがあるのかもしれません。
私自身は、スター性のある美術史家や学芸員に取り上げられてにわかに脚光を浴びるより、
このまま地道に研究・収集されて欲しいですが。(^^)

22 :画鬼:02/01/22 16:20
私も数少ない没頭した「暁斎研究者」になりたいと思っています。
でも他の同時代の画家との比較を考えると、知名度認知は通らねばならぬ道ですよね。
その度に「はぁー」とちょっとがっかりしてしまうのも事実ですね。

23 ::02/01/22 16:32
そうですねえ。私は人が知らないことを秘密裏に研究するのが好きな貧乏性でしたが(W、
ある程度の知名度があって、先達(良い先生)と研究者仲間(&関心を持ってくれる第三者)がいた方が、
最終的には議論が深まり、楽しいですよね。
最近の美術愛好家(と書いて素人さんと読む)は侮れませんよ。2ちゃんより
さらに一般の認知度の高い媒体で話しをふってみてはどうでしょう。
そのためにも、ますます画鬼さんには、精進してもらわねば(W。

24 :画鬼:02/01/22 16:48
>>23
先生と呼ばせてください(藁)。
冗談はさておきご指摘有難う御座います。
事のついでで何ですが、埋もれた作家の作品は研究者の方達は何をソースに見つけられるのでしょうか?
もちろん文化財録などに載ってるわけもありませんし。。。

25 ::02/01/22 18:40
先生は勘弁(^^;;;
勉強は好きだったけど、先生とうまく行かなくて、とりあえず表舞台からは去った者なので(正に`名無し`状態)。
御存知でしょうが、学士号でしたら、企画展カタログと、その後ろにある参考文献表をもとに出版物をかき集めるのが手始めでしょう。
本に目を通している内に、一次資料の存在が明らかになるはずです(日記とか作品目録)。
修士・博士なら、日本の画家ですから、一次資料を読めるように書誌学を修めておくとよりよいですね。
河鍋暁斎は海外の研究家もいるはずですから、英語(などなど)の資料も探す余裕があったら、
立派なものです(^^;。(そこまでは求められないと思いますが)
指導教官の方針にもよりますので、企画展カタログを元に文献表を作成した段階でよく相談することを
お勧めします(実はこれが一番大事だったりして)。
裸体について論じるなら、とりあえずケネス・クラークの『ザ ヌード』を読め、みたいな基本文献と言われるものが
河鍋暁斎にあるのかな〜?私は残念ながら知りませんが、そう言う意識を持って、
研究者が取り上げた本をランク付けすることも必要です。全部は読み切れませんから。
そうして、本の中で取り上げられた作品のタイトルと、マイ カタログ(私の時代は本の挿し絵のコピー、最終的にはスライド製作)
を照らし合わせるわけです。
学生の内は、真贋問題が恐いから、未発見作品を見つけたい!という野心は控えるよう、
大抵の先生は指導すると思いますが(W。御実家の収集品やツテで、なにか確実な情報を得ているのでしたら、
信頼できる先生に相談してみるとよいかも。
そう言う作品だけにターゲットを絞って研究するのもありですからね。
Good luck! 長レススマソ&折を見て、またきますね(^^)。

26 :恥じ書き9:02/01/23 04:22
はぁ〜、いくら匿名掲示板とは言え、こんな間違いを連続でするなんて真性ドキュソだわ(T_T)。
『河鍋暁斎と江戸東京』展 江戸東京博物館 1994年
『河鍋暁斎展 』 笠間日動美術館(栃木)  1994年
学芸員うんぬんのヨタ話しはもうするまい。少し事情通(知ったかぶりとも言う)になれば、
どこの美術館でもいろいろあるのが見えてくるというだけのこと。
私が行ったのは、以上二ケ所です。はあー、記憶の糸がほぐれて、すっきりした。
関係者の方、見ていたら、すみません。

27 :画鬼:02/01/23 15:53
>>26さん
わざわざ訂正のカキコ有難う御座いました。


28 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/24 19:17
本で得た情報ですが、たしか鹿鳴館を設計したジョサイア・コンドルの絵の
師匠だった人だったと記憶しております。私が読んだのは

“『鹿鳴館を作った男』/畠山けんじ著/河出書房新社”

ですが、かなり親密であった事を示すエピソードも書いてありましたので、
お暇があれば河鍋暁斎という人の一面を知るために読むのものにいいかと
思います。


29 :わたしはダリ?名無しさん?:02/01/24 21:48
9って長文の割には中身のない文章だな。 

30 ::02/01/25 14:39
>29
私の代わりに単文で内容の濃い物をお願いしますよ。

画鬼さん、私は今晩ちょうど実家に来ております。何か私が調べられるようなことがあれば
言って下さい。家にあったのは、
『河鍋暁斎と江戸東京』展カタログ
`Paintings and Studies by Kawanabe Kyosai` CONDER, Josiah これが28さんが
言及したイギリス人建築家が書いた本の原書のようですね。私が持っているのは
河鍋暁斎記念美術館が再版した物です。買った当時は英語を読むのに青色吐息だったから
まだ全部に目を通していないまんまだ〜(^^;。
今晩読もうかな。でも、トリックも見たいんだよな〜。
あと新潮選書で何かあった気がするのだけど、見当たらないなあ・・・。
夜中に来ます。


31 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/04 12:47
デッサン力は物凄いよね。
北斎と双璧。
でもこの人の絵って戯画以外の完成画はあまり好きじゃないなぁ。
下書きの方が活き活きしてる気がする。

32 :18:02/02/04 23:17
>>31

私は狩野派的な本画の方が好きです。
戯画や狂画はあまり描きたくなかった人のような気がするのは
私だけでしょうか。

33 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/12 16:54
私も暁斎好きです!
開国時の日本の微妙な空気が伝わってきますね。
暁斎はカエルがとても好きだったと本で読みました。
それに飛ぶ鳥の一瞬の姿を絵に起こす訓練を相当したとか。
純粋に鳥獣を描くのは好きだったのではないかと思いますが、
どうでしょうね??

34 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/12 17:26
最後の浮世絵師・・・位しか読んでないけどスンゲエ人だなあと思ったよ。


35 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/12 21:47
河鍋暁齊
4月13日(土)PM10:00〜10:30
テレビ東京系「美の巨人」で特集やるそうです。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/index.html

36 :ken:02/04/12 22:40
源氏物語(愛の秘め事挿入編)81話 須磨UP
”ダブル名器昇天”の使い心地はいかがか?・・・
http://www3.ocn.ne.jp/~genji/
**********************************************

37 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 01:56
>>35 おおっ!みるよー ありがとう。

38 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 03:33
彼の娘も絵師というか日本画家で、大昔
女子美の先生をやっていた。

39 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 12:04
>>38
女子美の日本画の先生の父親の彼女だった
あなたっていったい何歳?

40 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 15:24
ワラタ
彼は暁斎でしょw

41 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 15:26
暁斎のご子孫が、暁斎関連の美術館造ってるよね。
関東圏(何県か失念)にあったと思う。

42 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 16:25
河鍋暁斎も良いけど月岡芳年の方が上手いと思うし、品があって好きだな。
彼の一般的知名度が弱いのは、より浮世絵に近いからだろうね。
暁斎は浮世絵師というよりは日本画家だと思うし。
日本は江戸時代から肉筆=日本画は武士のものであり一段高く見られて
版画=浮世絵は庶民のものとして一段低く見られてる。
その影響がまだあるかもね。

43 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 16:32
>>42
その為、暁斎の作品って国外に大量に流出しちゃったんだよね。
今頃、必死になって作品を買い戻して日本に里帰りさせてるけど。

44 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 17:43
>>43

そうなんだよね。
けど、日本では暁斎はまだ認められてる方だと思うよ。
芳年は知らん人は全く知らんからねー。
外国の方が有名かもしれん。
浮世絵版画って影響力とか知名度の割にはいまいちの評価だよね。
北斎、広重は重文すらないんじゃないかなあ。
外国の方が研究が盛んなのは分かる気がする。

45 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 17:52
>>44
昨年(一昨年かも 失念)に、月岡芳年の展覧会開催してたねぇ。
キャッチコピーが「最後の天才絵師」で、芳年の画才ぶりを全面に押し出した
展覧会だったけど。
確かに、芳年は、日本人の殆どが知らないのでは?
日本でも、これからクローズアップされてきたら嬉しい画家の一人。

46 :半我慢:02/04/13 18:28
芳年って猿と月の浮世絵の人だっけ?
いや、そう言えば草原で横笛吹いてる絵も目に浮かぶなあ。
ああ、わかった。こうやって独り言かいてて分かったんだ、許して。

47 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 23:14
誰かTVみた?俺見逃した…ウツダ

48 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/13 23:35
「美の巨人たち」みました。
死ぬまで毎日観音様の絵を描くのが日課だったとか、
三歳でカエルの写生をしたとか、
九歳で川から流れてきた生首の写生をしたとか、
お酒を飲めば飲むほど筆が走ったとか
そんなこと言ってました。


49 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/14 07:16
芳年は国芳や暁斎がそうだったようにブームが
起きてそのまま定着しそうな気もするな。
あの人の作品は華麗で目を引くから。
小林清親なんてあんまり人気出なさそうだなぁ。

50 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/14 20:16
芳人氏ねえ・・。あの作風は、ちとあざといかもね。

51 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/14 21:00
主観をかたる奴多いね。

52 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 11:36
>50
芳年は水木しげるが「下手ではないが、見苦しい」って言ってたな。
まあ水木先生はそう言うだろうな〜と思ったよ。
あの俗っぽさギリギリの耽美グロがすきな人には嵌るんだろうけど。
自分は芳年では武者絵が一番好き。あの流麗な線の仁王とかのバランスがたまらん。

53 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/15 19:28
梯子を登ってる女性の絵がなかった?>芳年
あの絵は好き。

17 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)