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書道について語りましょう。

1 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/08 17:32
書道についてはなしたいな。

165 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/07 04:03
バクダン発言

日本の書家の99.99%なんて作品は弟子が買って(買わせて)本人
が死んだら価格は暴落。よって買う価値無し。

日展にしろ、その他の大型書展はみんな紙資源の無駄遣い。
毎年毎年よくやるよ。


166 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/07 12:03
>>165
市場価値云々でものを考える姿勢が、すでに伝統芸術に携わる者として
失格だね。(w
こういう芸術の第一義は自己精進にあるということを肝に銘じましょう。
売れるか売れないかは二の次。



167 :のり:02/02/07 13:08
>166
>市場価値云々でものを考える姿勢が、すでに伝統芸術に携わる者として
失格だね。

書を伝統芸術と割り切るにはまだ早計のように思います。現に学校教育にも
いまだに採りいれられているではありませんか。

>こういう芸術の第一義は自己精進にあるということを肝に銘じましょう。

書でも絵でも音楽でも、それを芸術活動と認識している以上、その第一義が
自己精進であるなんてことがあっては困ります。音楽は主に自己精進のために
やるのですか?「こういう芸術(書道)」と他の芸術との違いはどこにあるのか
あなたは明確に説明できるのですか?

売れるか売れないかは二の次であることは理解できます。ただそういった市場
開拓が極端に遅れているのもこの分野の課題であることは確かです。

168 :広告業界:02/02/07 13:24
書道の市場は細いけどリピートに強い。
マーケティング的には、他の太いけどリピートの弱いジャンルと
ミックスしてみたら面白いかなと思う。たとえば
デザインフォントとかロゴとか。

169 :166:02/02/07 20:22
>167
定義がすべておかしい。
貴方が言ってる「音楽」はWW2以降の音楽のことでしょう。
少なくともバルトークやベルクの音楽をBGMに聴く人はほぼ皆無
でしょう。(w   

学校教育の書は「習字」、我々がやっているのは「書道」。
まったく目指すものが違います。

反論お待ちしております。

170 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/07 20:52
ちょっと割り込み。

>学校教育の書は「習字」、我々がやっているのは「書道」。

それは義務教育だけの定義では?
高校以降の内容は「書道」ですよ。
書作家的な活動とは一線を画すものですが・・・


171 :のり:02/02/07 20:57
>169
>少なくともバルトークやベルクの音楽をBGMに聴く人はほぼ皆無
 でしょう。

う〜ん、それとあなたが166で述べた定義とはどう結びつくのか、
そちらのほうがおかしくないけい?

専門用語並べてかしこく取り繕われても困るんだが、あなたの言うそのな
んたらとかいう音楽は、つまりそのあなたのいう自己精進のための音楽なの
けい?(藁

>学校教育の書は「習字」、我々がやっているのは「書道」。

あれ?じゃあ高等学校でのあの授業は何ていうのですか?
そんでもって、同じ歴史の長さがあっても音楽や美術を伝
統芸術と呼びますか?

>まったく目指すものが違います。

ほう、どう違うのか是非聞きたいですね。

ご教示お待ちしております。

172 :のり:02/02/07 21:00
>170
ありゃりゃ、タッチの差で出遅れてしまった。黒星、黒星…

173 :166:02/02/07 21:16
ここで荒れると>>166の思う壺だな。
といいつつ書いてみる。

高校の書道なんか>>170の言うとおり、書作家からみれば
実質的には習字と大差ない。点数出して成績をつけるんですから。

なんたらとはなんと乱暴な書き方でしょう。
ベートーベン以降の芸術概念を考えれば、すぐにお分かりでしょう?
絵画もしかり。




174 :166:02/02/07 21:19
訂正
>>166>>165


175 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/07 22:14
>>173
貴方が理解している「ベートーベン以降の芸術概念」とは?

176 :166:02/02/07 22:20
客観芸術か主観芸術の違い。
モーッアルト以前は前者で、ベートーベン以降は後者。

明日早いので、今日はもう寝ます。また近いうちに。

177 :のり:02/02/08 00:20
う〜ん、166よ、君はしゃべればしゃべるほど荒が目立ってくるな。
まあ、最初から程度はわかるもんだが。

まず、私の問いに早く答えて欲しいな。>173>176では答えの
欠片にもなっていないだけでなく、ただの逃げにしか見えませんぞよ。

それから、

>高校の書道なんか>>170の言うとおり、書作家からみれば
 実質的には習字と大差ない。点数出して成績をつけるんですから。

だが、誰も

>書作家からみれば実質的には習字と大差ない。

なんて言っていないぞ。>170の内容を勝手にすりかえてはいけないよ。
それから、だからどう大差がないのかを説明して欲しい。その書作家とやらの
概念規定も曖昧だ。
ちなみに私から見れば、大半の書作家の方が実質的には習字と大差ないと
断言できるぞ。高校書道のほうがまだレベル上だね。

>点数出して成績をつけるんですから。

これが貶す理由になるの?どうして?大半の書作家なんかあからさまに
点数つけて、入落競い合ってるよ。
点数出してというより、お金を出して成績つけてるんでしたっけ、大人の
世界は(藁
このような発言をするということはお主まだ若いな?これじゃあ、漫画に
よくあるアフレコと同じ程度じゃん。

>ここで荒れると>>166の思う壺だな。

なんか、上っ面の知識しか持ち合わせない人間は、どうも私に質問されると
すぐ「荒らしだ」「厨房だ」と言って話をそらして、その場逃れをしようと
する。
166がそうでないことを祈ってるよ。

じゃあ、まずは>167と>171に答えるところからいってみようか。


178 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/08 01:41
わるいが大半の書作家なんて所詮学校書道の延長ではないの?
別冊「墨」で日展特集、今年のも観たけど、あいも変わらず
だよな。金出してまで買いたい作品なんて零。
買わないまでも、習ってみたい人いるか?正直な話。

仮名にはまあいい人もいるけど、自分で和歌や漢詩作って
作品書いてる人絶無じゃない。また調和体部門での文章
あれなに?あいだみつお悪くいえるの?





179 :shodoka_a:02/02/08 02:12
> わるいが大半の書作家なんて所詮学校書道の延長ではないの?

これに反対することいままで言った人いませんよ(笑)。

> 買わないまでも、習ってみたい人いるか?正直な話。

でもこれはもうちょっとしっかり作品をご覧になったほうがいいと思います。
人に習うことを超えてしまったならともかくとして。

あと、あいだみつをも言葉や作品の在り方を否定した人はいないですよ。
ちなみに私の>>162は、書作品としてみるとどうかという話です。

調和体の撰文は大切ですよね。
これは書作家としてあること以前の問題だと思います。

180 :shodoka_a:02/02/08 02:37
>>168
広告業界さんの意見、面白いですね。よく作家の方で書の売れる環境を作ることが大
切だとおっしゃる先生がいますが、この場合の環境とは、供給サイドを考えたものば
かりです。要するに、先に作品ありきで、販路だけ確保すれば大丈夫ということです
ね。

でも普通にモノを考えると、書が売れないのは、作品がマーケットに対応していない
ことが原因です。作家が本当に作品を売りたいなら、市場に媚びた作品を書くか、既
存の作品に対する需要を掘り起こさなければなりません。いつまでも供給側だけ考え
ているうちはだめでしょう(どこかしら公共工事みたいです)。


181 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/08 10:35
ある高名な書家の相続税の申告に関わったことがある。
そのときに、残された作品の評価を時価でやらなきゃ
ならんわけです。
それで、いろいろな書道関係者に取材したのだが、
「書は人格の表現であるので、その人の死とともに無価値になる。」
という意見が圧倒的であった。
俺はおもった。すばらしい。なんて潔い世界なのだと。
そして、書を始める決意をした。

182 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/08 14:13
日展、毎日展、読売展、、、
そういうしがらみを振り切って、孤高を保ち作品を発表する人が増えてる。
で、権力争いに加わらず書き続ける書家のほうが、
展覧会の中での勢力争いを繰り広げる面々より、実力も度胸もある。
と私は思います。

183 :shodoka_a:02/02/08 19:38
正確には、実力も度胸もある人もいるが、多くはそうではない、ですね。私もこうい
う人が多くなることは望ましいことだと思いますが、展覧会を飛び出て組織批判を
やっている人で実力を伴う人は、残念ながら多数派ではありません。組織にいる
いないと実力のあるなしは関係のないことです。

オリジナリティを追求しているいわゆる無会派系の人たちで師風追随批判をする人
もありますが、そういう人達の「独創的な作品」が単に独りよがりで退屈なこともあ
るので、外に出た人を一方的に賞賛するのはどうかと思います。

独立して一人でやってて、かつ実力のある人はあまり表立って組織批判する人が
いないような気がします。おっしゃるとおりもくもくと書いてます。そういう意味で彼ら
は人格者、というよりもオトナの書家なのかもしれません。いずれにしても発表の
場所をどこに求めるかは、作家が自由に決めればよいことです。

184 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/08 19:45
日展会員の阿部醒石さんの作品についての感想を聞かせて下さいませんか?

本屋で日展特集みたいなのを立ち読みして興味を持ったので。墨かなんかの
特別号かな?最近のやつです。

185 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/08 21:55
>>181
それは結局、生前は弟子が買っていたのが、本人がおなくなりに
なった後は買う弟子がいなくなったからだろ?弟子も大型展に出品
したさに買ってたんだから。
もちろん死後も少しずつ値段のあがる先生もおられるけどね。
でもそういった先生方はいまの日展の大御所たちの先生の世代
のホンの一部だよね。村上先生や栗原先生はどうだろう?

「墨」の日展特集観ながらおもった。

中国の書家で名の通った人の作品なら、死後はどんどん値段が上がるよ。
本人がお亡くなりになったら、もう作品は増えないから価値が上がって
ゆくのが普通じゃない?
日展、二科展の御歴々も結局そうだろ?別に組織批判や体制批判する気は
ないよ。>>183も言うとおり、「好きにやったらいい。」



186 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/08 21:57
芸術の価値を「お金」で計ることを毛嫌いする人がいるけど
感動はお金には変えられないよ。ただ、良い作品であれば欲し
がる人も多いわけだから、自然と値段が上がるのは市場原理
でしょうがない。

187 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/08 23:16
「栗原」先生の今回の、というか今回も、というかあの良さを
だれか説明してくれ。

188 :のり:02/02/08 23:26
んん、最近なんか本音トークでおもしろくなってきたなあ。ワラタ。

>187
栗原氏か、あまり好みじゃないなあ。
それなら古谷氏のほうがおもしろいことになってると思うぞよ。

189 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/08 23:28
「書」を芸術として語らなければならないところが悲惨だよな。

と、ポツリと言ってみる。

190 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/08 23:31
ああ、日展の先生方、上に行くほどマンネリですなあ。
新境地開きましょうよ、弟子どもがついて来られなく
なるくらいの。

191 :のり:02/02/08 23:55
>189
深いなあ。。。

192 :わたしはダリ?名無しさん?:02/02/09 01:28
>>189
ああ、芸大には書道科ないからねえ。
ってそういういみでもなく?

193 :shodoka_a:02/02/10 03:11
銀座に『日本の書展』を観てきました。超会派の小品展です。

大きいのが得意でも小さいのが得意な作家とか、その逆とかいろいろですね。大きい
作品が書けないと小さい作品も書けないと言われることがあります。小品を拡大して
も間が持たないが、大作を凝縮して小品を書くと精気が出る、とそういうことでしょうか。

194 :のり:02/02/11 03:11
>193
>小品を拡大しても間が持たないが、大作を凝縮して小品を書くと
 精気が出る、とそういうことでしょうか。

そうですね。こんなことよく言われますが実際はどうなんでしょうね。
大作ばかりに挑んで、肝心の手紙が書けない、賞状が書けない。だから、
それらは実用書道と割り切って、別物と考える。
なんか以上のような傾向が、yahooの書道掲示板にも見られて、首を傾げて
しまうのですが。

ちょっと話が違うような気がしてきました。でも個人的には確かに大作の制作は
小品にプラスになることは大だと思いますね。ただそれは間接的であって、
やはり小品にはそれなりの鍛錬がいることが言いたかったのでしょうか、自分としては。



195 :のり:02/02/11 03:32
結局長く待っても166からの回答無し、予想通りただ電波だったか。
なんだか他のスレでも電波飛ばして荒らしてるようだし。

>180
「市場に媚びた作品」という言葉、ちょっと興味が湧きました。煽りではなくて、
こんな作品この分野で書ける人がマジいるのかな、と。でも、もしいたら貴重だな
とも。こういう人はマジ応援したいです。
書道も大衆芸術化をもっと考える人が出てきたらいいのになと思います。
大衆芸術だって立派な分野なのにね。

この分野では「市場に媚び」る前に、「師匠に媚び」ている作品が問題なん
ですね。(苦笑)


それにしてもshodoka_aさんは、いつもこまめに書展へ足を運ばれるのですね。
その御姿勢にいつも敬服しています。これからも情報提供よろしくお願いしますね。

196 :shodoka_a:02/02/11 18:27
単に書展好きなだけで、お褒めいただくほどのものでは…。周りの人が言うほど飽きな
いので楽しく拝観させていただいております。現代書も毎回観に行くと作家の成長が分
かって面白いですよ。

ちなみに、日本の書展のついでに東博に寄ってみました。東洋館は臨書特集。孝女曹
娥碑、十七帖、集字聖教序の拓本(と後世の臨書作品)が出ているので、晋唐ものファ
ンは必見です。特に孝女曹娥碑は小品ながら圧倒させられます。法書選を見て満足し
ていてはいけません。実物はすごい!

197 :shodoka_a:02/02/11 19:28
>>195
> 市場に媚びた作品」という言葉、ちょっと興味が湧きました。

金田石城と池田満寿雄の両氏が対談した本の中で、石城氏が若い頃に1,000円で短
冊を売った話がでてきます。作家として食うなら、とにかく「売る」ことが重要であり、値
段はその次、と氏は当時考えたそうです。

書では幸い教えることで食えるので、あまり作品を売ることに重きを置かなくてもいい
のですが、仮に売ることを考えた場合(本当の意味で「作家」として生計を立てる場合)、
現実問題として、供給(作家)側のほかに需要(購入者)の側面を重視しないといけま
せん。媚びるという表現は適切でないかもしれませんが、1つの方法ではあります。

インテリアの書展や鑑賞を学ぶ講座など、最近はいろいろな工夫がなされています。
いい作品を書くことも大事ですが、結局のところ、書作品がほしい、家に飾りたい、と
思わせるような啓蒙イベントなり研究会などが、最終的には需要開拓の一助になるの
かな、とそんなことを考えたりします。

198 :shodoka_a:02/02/24 03:14
少し前の書道美○新聞に、書道の展覧会で会場を暗くするとは何事だ、けしからん、
という読者の意見が掲載されていました。年初に和光であった毎日の有力書家の展
覧会を指したものです。個人的には非常によかったと思ったので、私はこうした見方
に批判的です。

ここの新聞に載るエッセーは雑誌「○」と同様に全般的に質の低いことで有名(?)
ですが、まあさまざまな意見も踏まえつつ、作家の方には会場にいろいろな工夫を
していってほしいと思います。

199 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/02 03:46
んー、でもしっかり見ようとすると、くらいのはいらつく。
雰囲気だけなら、そういう照明でもいいけど

200 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/02 08:59
>拝観させていただいております。

字を書く前に、言葉をもっと勉強してください。


201 :shodoka_a:02/03/02 17:53
多忙につき謙慎展は無理かも。創玄展は回顧展を観たいのですが。

>>200
2ちゃんねるでのタイプミスにわざわざどうも。ご意見ありがたく拝長(笑)



202 :200:02/03/02 21:18
>>201
ミスタイピングではありません。

拝観+させて+いただいて+おります
過剰敬語にも程があります。
「拝観しました」とか「見ております」で充分です。
指摘されても気付かないなら、やっぱり日本語の勉強を先になさった方がいいんじゃ・・


203 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/02 23:07
くだらない揚げ足を取って何が楽しいの?
そんなことより書について語ってみなよ。
言葉尻をとらえて喜んでるだけの厨房じゃないところを見せてみな。

204 :shodoka_a:02/03/03 02:42
まあまあ、日本語にも朱筆を入れてもらえる書道スレということで、ありがたく御勉
強させていただきたく存じますでございます。

>>199
雰囲気作りは重要な要素だと思いますが、暗くしてしまうと確かに墨色など分かりに
くいかもしれません。見せる方法を考えることも大事だと思うのですが、照明や会場
設営についてもっと意見ないですか。

ところで九州にも国立博物館ができるそうですね。書のひときわ盛んな九州ですが、
書作品の収蔵品はいかに。九州には中国や韓国からの旅行者が多いと聞きますので、
中韓の書も数多く入るといいですね。

http://www.pref.fukuoka.jp/somu/01b110201.htm


205 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/04 00:53
200はfj住民

206 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/04 22:44
じゃあ
参拝させていただいております。

207 :勉強中:02/03/04 23:05
書道の臨書に付いて、気が付いたこと。
臨書するなら、オリジナルの字の大きさ、使った筆の形(大きいか小さい 太い細い長い短い
硬い柔らかい)、立って書いたか 座って書いたか、姿勢はよかったか 猫背か
右利きか左利きか、おおらかな筆使いか せこいか 几帳面か ぶっきらぼうか
慌てて書いたか、ゆったり書いたか、
紙は生か熟しか、繊維が細かいか粗いか 絹本か、墨はねばいか さらさらか
とにかく、いろいろ注意してしっかり鑑賞してから
始めると、楽です。
イタチの毛の小筆で書いた法帖を、羊毛の太い筆で書くのと
力の入れ方や癖のまねの仕方も、ぜんぜん腕の使い方が変わってくるので
臨書しても意味が無いかも知れません。
臨書するってのは、しっかり鑑賞する上で 書きはじめないと何をしてるか
わけが解らなくなってくると思いました。

208 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/07 04:44
柿沼康二さんも一日5時間くらい臨書をしてるそうですね。
自分もはじめようかな。>臨書

209 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/07 08:14
毎日じゃ 無いと思われます、1日5時間臨書する時もあるって
ことじゃないかな

このあいだ 収録に時間のかかるテレビに出てたし
その後か 前に 5時間も時間とれないって。

210 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/07 15:43
しょどーかってHKなの?

211 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/08 09:04
HKってなに?

212 :麻姑ちゃん:02/03/14 14:01
『墨』の最新号(たぶん…)は面白かったです
いろんな先生方の「臨書観」が比較できて…
それにしても○飛先生って
○のもんたにソックリ!

213 :わたしはダリ?名無しさん?:02/03/21 20:58
はらぐろさもそくり


214 :わたしはダリ?名無しさん?:02/04/04 03:20
age

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